苦、心の痛みは歓迎されないものではなく、
「その人のために」起きてきているものだと思います。
「苦、心の痛み 」は、分離があることを教えてくれる合図と定義できると思います。
苦、心の痛みは、罰を受けているとか、未熟だからとか、能力がないとか、
運が悪いとか、見放されているとか、不幸であるとか・・
そうしたことと結びつける必要は全くないものだと思います。
今の自分が、事実、素直な自分の状態など何らかの本来的なものと
一致していない、拒絶している、分離しているということを
教えてくれているのが、苦、心の痛みと定義できると思います。
そう定義すれば、負のイメージと結びつけることは無くなりますし、
どこがずれているのか、何と何が分離しているのか、
目を向けるべきところが絞られてきますので
苦、心の痛み からの具体的な解放の方向・方法が見えてくると思います。
法、自然の摂理、本当の自分の気持ち、思い、命のながれ・・・
そうした本来的なものから、今の自分が離れれば離れる程、
苦しみは大きくなると思います。
苦、心の痛み は決して人を奈落の底に落とすために在るものではなく
その人のために起きてきているもの、そう受け止めることが、
苦、痛みを消す、一番の近道だと思います。