心で感じる


生まれたての赤ちゃんの心は、純粋です。 

大きくなってもこの純粋さは変わらないと思います。

大きくなるにつれて、家族、環境、教育色々なところから 

影響を受け、こうしなければいけない、こうでなくては・・ 

信念、観念、価値観を身に着け心の周りを覆います。 

またネガティブな記憶、昇華・消化できないでいる 

悲しみや怒りの感情、そうしたものも心の周りに 

何層にもなって覆っていきます。 

信念、観念はエゴとも呼ばれ、自分で生きている 

つもりでも、実は自動的にエゴが反応してしまっている 

部分もあり、相手と対立、争いが生まれてしまいます。 

何もなければ意識は「今」のことに向けられるのでしょうけど、 

怒りや悲しみ・・そうしたものが疼き、主張し、意識は 

そちらに向かい、こころは曇ります。 

また、溜め込んだ怒りは勝手に何かをきっかけ爆発して

しまうこともあります。 

心の周りの層が厚くなればなるほど、生きづらくなります。 

今の時代を生きる私たちの多くは、イメージとしてこの 

ような様子で生きているのではないかと感じます。

自分のこころ、本体で生きているつもりでも

後天的に身についたものの見方や習慣、ネガティブな感情に

主導権を握られてしまっているところがあると思います。

仏教の救い、癒しは、自分の心、自分の本体にもう一度

確り繋がる、帰るところにあると 思います。

繋がることによって、固定観念を解きほぐしたり、

感情を癒すことができると思います。

こころは大きな力、智慧、治癒力、平安そのものでも

あると思います。

日常の様々な問題を解く鍵、答えも外側ではなく、

全部初めから心の中にあります。

考えることを通してだけではわからないことも、

こころは状況に応じて大切なことを感じ取ってくれます。

気づきとってくれます。思考、観念を離れると心は

自分のこと、命のこと、本当のこと、みんな気づきとってくれます。