信じていること、ものは、その人が当たり前、自明のことと
思えていないことだと思います。
信じるには、証拠のようなものが必要と私は思っていましたが、
それは必要ないと思います。
信じていることを、大前提に、確かなこととして自分の中心に置き、
確信していることとして、振る舞う、行動しているうちに、
証拠が云々ではなく、ただそうなんだとうなずくことが出来ます。
不思議だなぁと面白いなぁと思います。
たとえば、
わたしはテストで100点でも完全、30点でも完全と思います。
いずれにしても、存在するものは完全だと思います。
そんなことは無いと思う人はいると思います。
もし、人は完全だと決めて生活していけば、
その完全という意味がわかると思います。
完全さという証拠を集めてみても、存在は完全、完璧とは
思えないと思います。理解もできないと思います。
ただ決めて、見なして生活するうちに「ふと」気付けると思います。